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2009/01/27 (Tue) 第16回JTF翻訳祭レポート(その1)

ちょっと古い話になるが、2006年の10月12日に行われたJTF翻訳祭の模様を振り返ってみたい。というのも、小川高義氏の講演があったからだ。

当時のパンフでの紹介記事が下記。

「翻訳は推理ゲームである」
小説を翻訳する立場から、文章を読むのはどんな仕事であるのか考える。もちろん翻訳は、外国語を読む、日本語を書く、という二つの部分から成り立つのだが、その出来映えは、ほとんど読む段階で決まる。書かれた文字は、いわば不完全な手がかりなので、そこから現場の状況を再現できるかどうか、名探偵になったようなつもりで、手がかりを調べる。その調べ方には探偵ごとの個性が出るかもしれない。



会場は八丁堀のマツダホール。東京駅からは歩くと結構ある。



◆講演1「翻訳は推理ゲームである」小川高義

ジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』『その名にちなんで』やアーサー・ゴールデンの『さゆり』の翻訳者としても名高い小川氏の講演。以下、小川氏の話を箇条書きで再現してみる。

・「翻訳は推理ゲームである」というタイトルは、ちょうどエドガー・アラン・ポーの翻訳をしていたので付けた。

・「翻訳はカップラーメンである」も捨てがたい。翻訳というお湯をかけて読めるようにするのだ。

・原文という現場を検証し、そこから再現映像を思い浮かべる。その映像をまた日本語で再現する。

・翻訳をする際には「作品世界」を作れたかどうかが大事。

・「訳す」という言葉すら否定したい。「訳文」や「訳本」と呼ばれるのも嫌だ。訳すのではなく、オリジナルを日本語バージョンに書き直しているつもりなのだ。

質疑応答では、「原文にない情報を付け加えたり、原文にある情報をわざと抜かしたりするのはどの程度まで許されるのか?」という質問が出た。小川氏答えて曰く「原文に誠実に対しているのであれば、多少は足したり引いたりしても構わないと考える。そうすることによって、より良くなると翻訳者が考えるのであればOK」

(ちなみに私はここで、ただ原文に忠実なだけで読みにくい訳文は、「手術は成功しましたが患者は死にました」というのと同じことだ、という村上春樹の言葉を思い出していた。)

小川氏は非常に柔和な語り口で、ユーモアのセンスも備えていた。ちょうどこの日が訳書の発売日ということで『黒猫・モルグ街の殺人』の宣伝もしていた。


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