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2009/02/23 (Mon) ハルキ・ムラカミと言葉の音楽(著:ジェイ・ルービン 翻訳:畔柳和代)

前回の村上春樹とジェイ・ルービンの話つながりで今回はこの本のご紹介。村上春樹ファンならば必携の一冊と言っていいだろう。

以下は読んだ感想。



「・・言葉の音楽」というタイトルを見たときには、村上作品中に出てくる音楽にだけ焦点を当てた一面的な評論なのだと思っていた。それならば、値段も高いし図書館で借りればいいかなと思い、図書館で借りて読み始めた。読んでみて驚いた。一面的どころか、総合的で本格的な村上春樹論だったのだ。分厚くてなかなか進まないのと、これは手元に置いておく必要があると分かったので、すかさず購入して、図書館に返した後は購入した本で読み継いだ。

本書でジェイ・ルービンは、村上春樹の生い立ちから書き起こし、デビュー作である『風の歌を聴け』の解説以降、ほぼ作品の発表順に解説していっている。中には相当の村上ファンでも知りえなかったようなトリビアルな情報も含まれている(私は、村上春樹の奥さんの旧姓や奥さんのお父さんの職業をこの本を読むまで知らなかった)。巻末の膨大な「注」の中には「私信」と記されているものもあり、ジェイ・ルービンと村上春樹の親交あってこその情報も多い。

巻頭で「はじめから認めておこう。私は村上春樹ファンだ。」と公言して憚らないジェイ・ルービンだが、すべての作品を手放しで賞賛しているわけではない。例えば、『スプートニクの恋人』に関してはこう書いている。

『スプートニクの恋人』中最悪のくだりのひとつでKはこう思う。「すみれはあちら側に行ったのだ。それでいろんなことの説明はつく」。ごもっとも。私の眼鏡は書斎の机の上にあったのに、いつのまにか食堂のテーブルまで移動しているとき、いたずら好きな架空のグレムリンが実在すれば説明がつくのと同じ程度に、もっともな話だ。「あちら側」とKの遭遇に切迫感と説得力を与えるべく村上は丘の頂から聞こえる音楽の音量を上げ、Kとミュウとの(たとえ一時的でも)深い絆を「説明」しようと大げさな感傷的な文章を山盛りにしているが、かつてのクールな村上ファンには『スプートニクの恋人』の最後の五十ページは読みづらいかもしれない。



今や村上春樹が全世界で読まれていることは、わざわざ私が書かずとも広く知られている。しかし、村上春樹の作品は、日本人こそが一番深く理解できると私は思っていた。2006年3月に東京大学で行われた「春樹をめぐる冒険― A Wild Haruki Chase」と題された村上春樹シンポジウムに、私は幸運にも参加する機会を得た。そのシンポジウムでは、各国の村上春樹の翻訳者(ジェイ・ルービンも含む)が村上春樹の魅力について熱く語ってくれた。そのシンポジウムを経てもなお、私は日本人の読みが一番深いと思っていた。そんな私に冷や水を浴びせるような文章が本書には載っている。実際にはジェイ・ルービンが書いた文章ではなく、ホームページ上での質問に回答する村上春樹の文章なのであるが。ちょっと長いが引用する。

次の質問は、三十歳の「大学院卒業生(つまり無職)」から寄せられた。彼のアメリカ人の妻は大学院でアジア文学を研究している。夫妻の友人に、アメリカ文学を研究している日本人がいて、彼は妻に「(日本の文学については)やっぱり日本人のほうがたとえ素人でも、(外国人より)文学の読みが深いに決まっている」と言ってばかりいる。言われるたびにアメリカ人の妻は怒っているが、「春樹さん」はどう思われるか知りたいという。
村上は以下のように答えた。

あなたのお友だちは、やはりものごとを過度に単純化していると、僕は思います。「単細胞のファシストだ」とまでは言いませんが。

僕はアメリカ人の学生たちと日本文学についてずいぶんディスカスしました。たしかに中にはとんでもねえことを抜かす奴もいます。でも中にはものすごく鋭く、新鮮な、本質を突いた意見を聞かせてくれる人もいます。日本人の中には「微妙なニュアンス、独特の言い回し」はある程度分かるけど、文学というものがぜんぜんわかっていないんじゃないかという人たちはたくさんいます。

文学というのは85パーセントまで、心持ちと志の世界なのです。それは人種や言語やジェンダーの差異を超えたものです。それらは基本的に相互交換的なものです。「アメリカ人なんかに日本文学の良さがわかるもんか」というのは、コンプレックスの裏返しであるような気がします。日本文学はもっともっと広く、外界からの検証を受けるべきであると僕は信じています。



ジェイ・ルービン同様村上ファンである私は今までに何冊もいわゆる「村上本」を読んできた。中には村上春樹の作品中に出てくる料理を取り上げたレシピ本なんてものもあったし、ゲームの攻略本のように村上作品を解き明かそうとしている本もあった。なぜそうなるのか分からないが、過度に難解な本もあった。本書はそれらの本とは完全に一線を画している。『風の歌を聴け』から『東京奇譚集』まで、トータルに村上作品を論じ、しかも読んでいて最高に面白い。現在ある村上春樹の評論の中でも最も優れたものの一つであることは間違いないだろう。

日本人こそが一番深く村上作品を理解できるという私の持論をジェイ・ルービンは鮮やかに覆してくれた。日本人以外にこんなにも深く村上作品を読み込んでいる人がいるということは驚きでもあり喜びでもあった。冒頭でジェイ・ルービンはこう書いている。

私の主たる目的は、私が村上の長篇や短篇を読み、翻訳し、作品が書かれた経緯を知るなかで味わった興奮をみなさんと分かちあうことだ。もしも私が楽しみすぎているように見えたら、どうぞご寛恕を。



こちらこそ楽しませてもらったとジェイ・ルービンにはお礼を言いたい。最後になってしまったが、畔柳和代の翻訳も素晴らしかった。

ハルキ・ムラカミと言葉の音楽
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