翻訳にまつわるアレコレ//翻訳にまつわる雑多な情報など・・
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2009/01/30 (Fri) 観光(著:ラッタウット・ラープチャルーンサップ 翻訳:古屋美登里)

元々、英語圏出身ではない人が英語で書いた小説を何作か紹介していこうと思っていたのだが、小川高義氏の話が随分続いてしまった。話を元に戻して『観光』の紹介。

以下は読んだ時の感想。



少し前から英語で作品を書くアジア系の作家が注目されている。カズオ・イシグロしかり、ジュンパ・ラヒリしかり。そしてこのタイ出身のラッタウット・ラープチャルーンサップは若干25歳で本書にも収録されている「ガイジン(Farangs)」を発表した。小説の巧拙に年齢は関係ないのかもしれないが、「この若さで!」と思うほど抜群に巧い。

「ガイジン」から「闘鶏師」まで7つの短編が収められている(「闘鶏師」のみ少し長い)。どの作品もタイが舞台になっており、タイの風俗や生活が実に瑞々しく、そして生々しく描かれている。行ったことのない土地の自分たちとは違う生活の話というのは、それだけで実に興味深いものだ。例えば、『世界の果てのビートルズ』(ミカエル・ニエミ)で描かれたスウェーデン北部の特にサウナの話とかね。日本やアメリカが舞台の小説ばかり読んでいる身にはやけに新鮮に感じられる。但し、この著者の場合は、ただ単にタイの風俗や生活を面白おかしく書いているだけではない。

最初の5編は少年(青年)が主人公である。おそらく主人公たちは著者の分身であろう。「ガイジン」の主人公はアメリカ人の父とタイ人の母の間に産まれた混血児で、観光に来ているアメリカ人の女の子ばかりに恋をしてしまう。「カフェ・ラブリーで」の少年は兄に連れられていったいかがわしい酒場で大人の世界を垣間見る。親友と共に徴兵抽選会に行く「徴兵の日」の主人公は、親友に対する裏切り行為に悩み、「プリシラ」の主人公はせっかく仲よくなったカンボジア難民の女の子との辛い別れを経験する。表題作でもある「観光」では視力を失いかけている母親と旅行に出かける大学入学前の青年が主人公だ。
どの作品も哀感が溢れていて素晴らしいのだが、これだけであれば自分の体験を元にして書いたのかなと思える。ところが「こんなところで死にたくない」の主人公は、タイ人の女性と結婚した息子と暮らすためにタイにやってきたアメリカ人の老人なのだ。そして最後の「闘鶏師」では闘鶏によってすべてを失おうとしている父親を見守る娘が主人公。この2編によって私の中でのこの著者の評価は格段に上がった。この若さでこれだけの人生の機微や人の心情を描けるのは只者ではない。

ラッタウット・ラープチャルーンサップは、現在イギリスの大学で学びながら長編を執筆中とのことだ。ジュンパ・ラヒリの『その名にちなんで』を凌ぐような傑作をものするような気がする。期待したい。(2007/5/11)



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2009/01/29 (Thu) 黒猫/モルグ街の殺人(著:エドガー・アラン・ポー 翻訳:小川高義)

小川氏の講演で宣伝されちゃったので、ご祝儀代わりに購入した。

以下は読んだ時の感想。



光文社古典新訳文庫の一冊。JTF翻訳祭での「翻訳は推理ゲームである」と題された小川氏の講演を聞いたのをきっかけに購入。ポーはもちろん読んでいるが、それも遥か昔のことである。新訳ということで読みやすくはなっているが、話自体が古めかしいのは否めない。そんな中でもやはり推理小説の元祖といわれる「モルグ街の殺人」は煌めきを放っている。一人称の語り手を脇役に配して、探偵(オーギュスト・デュパン)と読者のつなぎ役にする手法は、のちのホームズとワトソンを始めとして数々の類作を生んでいる。史上最も有名とも思われる犯人(?)も印象的だ。
新訳に際しての苦労や裏話は巻末の「解説」に記されており、こちらも興味深い。その最後にはこう書かれている。

訳者にとってポーは手応えのある仕事だった。書いてある限られた手がかりから、どれだけ現場の状況を再現できるか、翻訳は一種の探偵業なのだと痛感する。



光文社古典新訳文庫シリーズはなかなか素晴らしい企画だ。読んでみたいけれども取っつきにくい古典に「新訳」という光をあててくれる。いつか『カラマーゾフの兄弟』にも挑戦したいな。(2007/1/8)



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2009/01/28 (Wed) 第16回JTF翻訳祭レポート(その2)

小川氏の講演に引き続き、今度はパネルディスカッション。



◆パネルディスカッション「翻訳者のアタマの中」~翻訳しているとき、何を考えているのか・考えるべきなのか~

<パネリスト(肩書きは当時のもの)>
アンゼたかし氏(映像翻訳者)
小川高義氏(文芸翻訳家・横浜市立大学国際総合科学部準教授)
倉橋純子氏(有限会社知財工芸 代表取締役)
山田和子氏(実務翻訳者・文芸翻訳家)
<司会>井口耕二氏(実務・技術翻訳者 社団法人日本翻訳連盟常務理事)

小川氏は講演に引き続いての登板である。面白かったのは倉橋さんで、小川氏とは対照的な毒っ気たっぷりな喋り口である。翻訳しながら何を考えていますか?という質問には、「つらい」ということしか頭にないと答えていた。また、大学時代にパチンコにハマったことが、パチンコメーカーの特許翻訳の際に役に立ったなんて逸話も披露してくれた。

以下、個人的に印象に残ったところを再現してみる。

司会:分からないものをどうやって翻訳するのか?

小川氏:私は人殺しではないんです。だから人殺しの気持ちは分からないんです。分かりたくもないけど。

司会:初心者の翻訳では、原文とセットで読むと意味が分かるのだが、訳文だけで読むととたんに意味が分からなくなるときがある。こういう場合はどうしたらいいですか?

山田さん:私は翻訳したものを音読することにしている。音読していて、引っかかるところは誤訳している可能性がある。

小川氏:私もそれには大賛成。自分もぶつぶつ喋りながら翻訳しているので、家族には絶対に翻訳しているところは見ないようにと言ってある。まるで「鶴の恩返し」。

司会:翻訳していて良かったなあと思える点は?

アンゼ氏:字幕翻訳は基本的に一人での作業だが、吹き替えの場合は声優さんや演出家など大勢の人が関わっている。その大勢の人たちと協力して一本の作品を作り上げた時の喜びは何物にも代え難い。

小川氏:例えば、私の死んだ後に孫が図書館なり古本屋なりで私の訳書を手にとって「あれっ、これっておじいちゃんが翻訳したんだ。すごいなおじいちゃん」なんて思ってくれれたら最高。

倉橋さん:翻訳を納めたクライアントから引き続き次の仕事が来た時。ああ認められたんだなと嬉しくなる。

司会の井口氏:翻訳を頼まれた時に「いま手一杯で受けられないんですよ~」という答えに「じゃあ、いつまでならできますか?」と返された時。それだけ信頼されているんだなと嬉しくなる。

質疑応答では「翻訳一本で食べていけますか?」という質問が出た。小川氏は「文芸で食べていくのは大変ですよ。私がいまだに大学教授をしているということがすべてを物語っているでしょう」と答えていた。



当時、別のブログでこのエントリをアップした時に倉橋氏と井口氏に直接コメントを頂いた。せっかくなので紹介する。

(倉橋氏)
パネルディスカッション、楽しんでいただいて有難うございました。
パチンコの話、実は続きがあります。
またの機会にでも。。。。



(井口氏)
倉橋さんがいい味、出してくれてましたよね。

まとまりがあまりないパネルになったように思いますが、まあ、もともと、いろいろと考える端緒になってくれればいいなという企画なので、ある意味、まとまりがないほうがいいのかなとも思っています。無理にまとめると、それこそ通り一遍にしかなりませんし。



直接コメントを頂いてしまい、恐縮至極でした。

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2009/01/27 (Tue) 第16回JTF翻訳祭レポート(その1)

ちょっと古い話になるが、2006年の10月12日に行われたJTF翻訳祭の模様を振り返ってみたい。というのも、小川高義氏の講演があったからだ。

当時のパンフでの紹介記事が下記。

「翻訳は推理ゲームである」
小説を翻訳する立場から、文章を読むのはどんな仕事であるのか考える。もちろん翻訳は、外国語を読む、日本語を書く、という二つの部分から成り立つのだが、その出来映えは、ほとんど読む段階で決まる。書かれた文字は、いわば不完全な手がかりなので、そこから現場の状況を再現できるかどうか、名探偵になったようなつもりで、手がかりを調べる。その調べ方には探偵ごとの個性が出るかもしれない。



会場は八丁堀のマツダホール。東京駅からは歩くと結構ある。



◆講演1「翻訳は推理ゲームである」小川高義

ジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』『その名にちなんで』やアーサー・ゴールデンの『さゆり』の翻訳者としても名高い小川氏の講演。以下、小川氏の話を箇条書きで再現してみる。

・「翻訳は推理ゲームである」というタイトルは、ちょうどエドガー・アラン・ポーの翻訳をしていたので付けた。

・「翻訳はカップラーメンである」も捨てがたい。翻訳というお湯をかけて読めるようにするのだ。

・原文という現場を検証し、そこから再現映像を思い浮かべる。その映像をまた日本語で再現する。

・翻訳をする際には「作品世界」を作れたかどうかが大事。

・「訳す」という言葉すら否定したい。「訳文」や「訳本」と呼ばれるのも嫌だ。訳すのではなく、オリジナルを日本語バージョンに書き直しているつもりなのだ。

質疑応答では、「原文にない情報を付け加えたり、原文にある情報をわざと抜かしたりするのはどの程度まで許されるのか?」という質問が出た。小川氏答えて曰く「原文に誠実に対しているのであれば、多少は足したり引いたりしても構わないと考える。そうすることによって、より良くなると翻訳者が考えるのであればOK」

(ちなみに私はここで、ただ原文に忠実なだけで読みにくい訳文は、「手術は成功しましたが患者は死にました」というのと同じことだ、という村上春樹の言葉を思い出していた。)

小川氏は非常に柔和な語り口で、ユーモアのセンスも備えていた。ちょうどこの日が訳書の発売日ということで『黒猫・モルグ街の殺人』の宣伝もしていた。


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2009/01/26 (Mon) 翻訳文学ブックカフェ2(新元良一)

『翻訳文学ブックカフェ』には続編もあるので、そちらも紹介する。登場するのは下記の12名。

堀江敏幸、岩本正恵、栩木伸明、沼野充義柴田元幸、黒原敏行、渡辺佐智江、岸本佐知子、佐々田雅子、小山太一、高橋源一郎、高見浩

以下は読んだ時の感想。



第2弾ということで面白さは安定している。何人かは前作に引き続いての登板だが、私が楽しみにしていたのは堀江敏幸沼野充義。期待通り、この二人の話は興味深かった。

まず認識すべきなのは、ロシア・東欧だけに限ったことじゃなくて、東南アジアやアフリカでもどこでも、面白くて力のある文学があって、きちんと翻訳で紹介されれば日本でも読まれ、そのおかげで日本がちょっと豊かになるはずのものがいっぱいあるっていうことです。たくさん売れなくてもいいから、それを少しずつでも着実に紹介し続けることが大事だと思うんです。


ある作家のある作品が好きだと、親しい友達に話す程度なら別ですけれど、それについて公の場で、責任を持って語ろうとするなら、その人の作品は時間が許すかぎり、手に入るかぎり、全部読む。なぜその人がこの作品を書くにいたったかは、年代順に読んでいって、変化と成長を辿らないかぎり、理解できないところがある。責任持って書けないですよね。もちろん書評のなかでは、そうした下準備の跡は消しますし、翻訳をするにあたっても、過去の作品解釈に引きずられすぎないようにはします。でも、繰り返しますが、事前準備はあって当然だと思います。あとで知らんぷりすることを前提にね。



前者が沼野充義の話で、後者が堀江敏幸の話。どちらの話からも「プロ意識」が感じられる。そんな一方で、翻訳家になった経緯を尋ねると、結構何となくなっちゃったとか、消去法でいったら他に選択肢がなかったなんて言う人が多い。人生って案外そういうところも面白いんじゃないかなと思う。(2007/12/13)



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2009/01/23 (Fri) 翻訳文学ブックカフェ(新元良一)

ここまでジュンパ・ラヒリの本を3冊紹介してきたが、翻訳は全て小川高義氏である。今日紹介するのは『翻訳文学ブックカフェ』という本で、ここに小川高義氏も登場する。『さゆり』や『アメリカン・サイコ』などの話に続けてジュンパ・ラヒリの話がある。当時のジュンパ・ラヒリは当然無名で、小川氏も特にジュンパ・ラヒリを翻訳したくて翻訳したわけではなく、出版社から提示された何冊かのうちでジュンパ・ラヒリの文章が印象に残ったからというのが実際らしい。それで後でピューリッツァー賞を受賞したのを知って、ひっくり返ったわけだ。
ただ、ここまで翻訳してくると愛着も湧いてくるようで、「ラヒリは俺の女だ!」なんて発言もあった。それは冗談としても、たとえ版元が変わっても翻訳者として指名されたいと語っていたのは本音だろう。

本書は、新元氏が気鋭の翻訳家を招いて都内にある某書店のイベントスペースで公開対談したものをまとめたものである。登場する翻訳家は、若島正、柴田元幸、岸本佐知子、鴻巣友季子、青山南、上岡伸雄、小川高義、中川五郎、越川芳明、土屋政雄、村上春樹の11人。海外小説好きであれば、堪らないラインナップだろう。
新元氏には『One author, One book』という本もあって、こちらは海外の作家や編集者へのインタビュー集となっている(アーヴィングやカーヴァーが登場する)。『翻訳文学ブックカフェ』と対をなす好著であり、合わせて読むことをお薦めする。

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2009/01/21 (Wed) 見知らぬ場所(著:ジュンパ・ラヒリ 翻訳:小川高義)

もう一丁ジュンパ・ラヒリ。これは比較的最近刊行された。インドとアメリカのうち、だんだんとインドの比重が軽くなってきている。インド出身でアメリカに渡った家族がインドのことを思いながらも、もうインドにはあまり里帰りはしなくなってきているような話が多い。それからジュンパ・ラヒリ自身に子どもが生まれたことも影響しているのか、そういった面での物語的な幅広さが出ている気がする。
第1部と第2部に分かれており、第1部は普通の短編、第2部は連作短編となっている。その連作短編のうちの1つ「一生に一度」が『考える人』の2007年春号に掲載されていて、それは読んでいたのだが、本書を読んだ時には内容をすっかり忘れていた。本書を読み終えた後に、『考える人』に掲載された「一生に一度」をサラッと読み返してみた。独立した短編としても十分成立しているが、連作短編の1つだと考えるとまた別の妙味が浮かび上がる。翻訳者の小川高義氏も、当時は連作短編の1つになるとは思っていなかったので、後でそうと知った時には翻訳の仕方があれでよかったのかどうかと冷や汗をかいたそうだ(結果的には大丈夫だったようだが)。

以下は読んだ時の感想。



もう、ため息が出るほど巧い。

読み終わってよくよく振り返るとハッピーエンドの話はなく、どちらかというと辛いエンディングが多い。でも読んでいる時はそれほど辛くは感じない。話の中には紆余曲折があって、単に辛いだけの話というものはないからだ。

人生の断片をこれほど鮮やかに切り取れる作家もそうそういないだろう。ジュンパ・ラヒリは確実に進化している。素晴らしい短篇集だ。 (2008/12/24)




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2009/01/20 (Tue) その名にちなんで(著:ジュンパ・ラヒリ 翻訳:小川高義)

続けてジュンパ・ラヒリ。今度は長編だ。これがまた前作を凌ぐ傑作である。
この作品はのちに映画にもなった(私は観てないけど)。
一昔前に「村上春樹を読むとビールが飲みたくなる」なんてフレーズが流行ったけど、『その名にちなんで』を読むとゴーゴリの『外套』が読みたくなる。実際わたしはすぐに岩波文庫の『外套・鼻』を買って読みました。

以下は読んだ時の感想。



『停電の夜に』でのピュリツァー賞受賞は決してフロックではなかった!
ジュンパ・ラヒリは、そのことを軽々と証明して見せくれた。出来映えから言えば本作の方が上だろう。ジュンパ・ラヒリ恐るべし、である。

主人公の名前は「ゴーゴリ・ガングリー」。ベンガル人の両親がアメリカで生んだ子どもである。ロシアの文豪と同じであるその風変わりなファーストネームは、彼の父親が列車事故の際にゴーゴリの『外套』を読んでいたおかけで一命を取りとめたことに由来する。そんな経緯を知らないゴーゴリ少年は自分の名前が嫌で嫌で仕方がない。そこで、18歳になったときに「ニキル」と改名してしまう。こうして、二つの名前、二つの祖国を持った青年ができあがる。そんなニキル/ゴーゴリの成長の過程を追った物語である。

本筋はニキル/ゴーゴリの話であるが、その視点はあるときは母親のアシマの視点に、またある時はニキル/ゴーゴリのガールフレンドの視点へと自在に移り変わり、ニキル/ゴーゴリとその家族にまつわる話やニキル/ゴーゴリとそのガールフレンドたちとの話が淡々と語られていく。ニキル/ゴーゴリがインド生まれのベンガル系移民の子であり、二つの名前を持つということを除けば、誰にでも起こりうる事柄が述べられる。しかし、その誰にでも起こりうる何でもないような日常の出来事を掬い上げる見事さには、私は作家でもなんでもないのに、激しい嫉妬心さえ感じる。

例えば、アシマがアメリカで初めてアドレス帳を買った時のことを思い出しているこんな一節。

アパートに帰ってから、真新しいブルーのページに実家の住所を書き入れた。カルカッタのアマースト街。それからアリポールの婚家の住所。その次に現住所としてセントラル・スクエアのアパートも、忘れないように書いておいた。マサチューセッツ工科大でアショケが使う内線番号も書いた。夫の名前を文字にするのは初めてだと思いつつ、ちゃんと姓まで書いた。アシマにとっての世界はそんなものだった。



また、全編現在形で書き進めているのも本作の独特のリズムを生み出している。訳者後書きで翻訳者がその苦労を吐露していたが、翻訳者の苦労は十分に実を結んでいると言えるだろう。

こういう淡々とした話の場合、ラストをどのように締めくくるのかが気になるところだが、実に心憎いラストをジュンパ・ラヒリは用意している。伏線が最後に活きるこのラストシーンの見事さは是非実際に読んで味わって欲しい。ちなみに、私のあとで読んだ妻もこのラストには感嘆しきりだった。

『停電の夜に』を読んだ人にも、そうでない人にもとにかく読んで欲しい。“力を込めて”お薦めします。
(2004/8/26)



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2009/01/13 (Tue) 停電の夜に(著:ジュンパ・ラヒリ 翻訳:小川高義)

おそらく昔からいたことはいたと思うのだが、英語圏出身ではない人が英語で小説を書いて人気を博すという近年のブームの走りがこのジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』だろう(厳密にはラヒリはロンドン生まれで両親がインド出身)。
本作で、オー・ヘンリー賞(Third Prize)・ヘミングウェイ賞・ニューヨーカー新人賞・ピューリッツァー賞 フィクション部門受賞という輝かしい記録を打ち立てた。
インドの文化とアメリカの文化の違いが一つの大きなテーマとなっている。英語で書かれたインドの話を日本語に翻訳された本で読むというのもなかなか不思議な体験だ。

以下は読んだ時の感想。



新人ながらビュリツァー賞他を受賞した話題作。評判に違わぬ出来映えだった。どの短編もとくに盛り上がりもなく淡々と話は進むのだが、静かな味わいがある。著者のジュンパ・ラヒリは両親がカルカッタ出身のベンガル人でロンドン生まれというインド系作家であり、どの短編にも多かれ少なかれインドのことが織り込まれている。

これだけ淡々としながらも深い小説はそう誰もが書けるわけではない。奇しくも私と同い年の作家の文才には激しく嫉妬する。(2003/04/02)




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2009/01/08 (Thu) はじめに

まあ、これから色々と書いていくわけだが、必ずしも翻訳に関係のないことも書いていくかもしれない。とりあえずは、海外の小説の紹介あたりからかな。

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